夏の日差しが照りつけるコンクリートジャングルの細い路地裏に、三匹の子猫がいた。その内の一匹の黒猫は残りの衰弱しきった子猫の前に口に咥えて引きずっていた魚を置く。
『ほら、食べなさい』
平べったいダンボールの上で横たわっていた白猫と茶トラはゆっくりと立ち上がると、背丈よりも大きい魚を啄み始めた。頭を動かす度に二匹の首に付けられていた鈴がちりんと鳴る。子猫たちは、鬱陶しそうに前足で鈴を掻いていたが、余計に甲高い音が鳴るだけだった。
『ちょっと待ってなさい、取ってあげるわ』
黒猫が周りを見渡し、人がいないことを確認すると、頭をわしゃわしゃして小学生くらいの女の子にぽんっと変わった。二匹の元へ歩み寄ると、鈴を外す。
「これでゆっくり食べられるわね」
二匹は鈴が外れた瞬間、一心不乱に魚を食べ始めた。
黒猫少女は飾りっ気のない赤色の輪っかの部分を見回したが、そこには何も書かれていなかった。
「これじゃあ探しようがないわね……」
黒猫少女は猫の姿に戻ると、子猫たちが食べ終わるまでじっと眺めていた。
背丈ほどの魚はみるみるうちに骨を残すだけとなった。
満足したのか、茶トラは魚を食べ終わるとダンボールの上へ戻って床につく。
『助かったわ』
白猫は黒猫へと近づくと頭を下げた。
『これからどうするの? あんたら飼い猫でしょ?』
『もう違うわ……私たちは逃げてきたのよ』
『そう……なら、私に付いてきなさい。いい寝床があるのよ』
『……理由を聞かないの?』
『言いたくなったらでいいわよ』
白猫は寝ていた茶トラを叩き起こすと、黒猫の後を二匹で辿った。
『東雲商店街』と書かれていた門をくぐると、商店街の広場へと向かう。広場にはすでに多くの猫がたむろっており、三匹を出迎えた。
『この子たちの面倒をみてあげて欲しいのだけど』
『それは問題ないけど』
その内の一匹が二匹の子猫に近づくと、それぞれの頭を猫手で払った。辺りに甘い香を炊いた匂いが漂う。
『君たちも、素質があるみたいだね』
『素質?』
白猫が尋ねた。
『私たちはね、この世に生まれて十年もすれば人間に化けることができるのよ』
白猫と茶トラが互いに顔を見合わせる。
『私たちは、人間になれるの?』
『ええ、あなたたちもそろそろ変態できていいと思うのだけれど、その様子だとまだ自覚できてないみたいね』
『そうなのね』
白猫は不敵な笑みを浮かべた。
『それはそうとして、この子たちをどこに置いておくの?』
茶トラは白猫の後ろにぴったりとくっついて、離れようとはしなかった。
『流石に二匹一緒は難しいよ。うちも商売あがったりだからねぇ』
『別々ならいいってこと?』
白猫が尋ねる。
『そうねぇ』
『お願いします』
白猫は茶トラの頭を下げさせた。
『あんたも独り立ちしなさいな』
茶トラはそれでも、白猫から離れない。
『大丈夫、あなたたちは、私が必ず、守るから。安心して』
黒猫は、強く、凛々しく、労わるように、茶トラの頭を撫でる。その諸手に茶トラは導かれるかのごとく。
『ばいばい、お姉ちゃん』
ときの涙を浮かべた。