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本日ハ晴天ナリ

僕はきょうの出来事を一生忘れないでしょう。それほどまでに、苛烈で、激烈で、身悶えるほどの快感を得たのです。それは、スモークとか、セックスとか、そういう即物的に得られるエクスタシーの概念が風化するほどの地脈を有し、身にまとっている衣服を脱ぎ捨て、原始へと立ち還り、今日へと連綿と続く歴史を隅々まで理解したかのような全能感に包まれた代物なのです。

この領域に至るまで苦節することはや数年。長いようで、短いような期間という陳腐な表現で形容してもなお、衝撃的な煌めきは鈍く光ることを知らず、思わず涙を流さずにはいられなかったのは22:00のUDXにて。

その歩道橋から眺める高架線の光が、濃度が、陽炎のようにゆらめいていた日々を穿つかのように、はっきりと、どっしりと、確かな実態を持って存在していたのです。

それは確かに、いままで感じることができていたはずの景色で、やっとのこと、なんら特別な措置を講じることもなく視ることができるようになったのです。

一歩、また一歩と、足の裏から心地よく跳ね返ってくる胎動は、ずっと歩いていたくなるほどの軽やかさをもって僕を鼓舞し、見上げた空は晴天。

もしかしたら、寝て起きたら、また新たな隘路へと足を踏み入れるかもしれません。

ただきょうは、すこしでも、自由になれたことが、何よりも、嬉しい。